知らないあなた
      
一方、その頃のやつがれ氏は?
 


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女性とはいえ あの武装探偵社の実働&格闘担当なだけはあるということか。
女性としての風貌といい所作態度や雰囲気といい、
すこぶるつきにあれこれが十二分に備わった超一級の佳人であるにもかかわらず、
芥川が“太宰”と言えば思い浮かぶところの、若々しい精悍さに満ちた男性の彼の人と、
もしも並んだところで さして遜色のなかろうほどに、
一目置くに相応しき、人物としての存在感に満ちている人でもあって。
背に掛かるほど伸ばした深色の髪は、
いかにもな手入れの気配はないし、流行の型にまとめられてもいないが、
ふっくらと豊かでつやもあり。
ちょっとした所作に揺れて白い頬や耳朶へかかるの、
優美な所作にて柔らかそうな指が追いやるのが、何とも美麗でついつい眼が誘われる。
ほっそりとした首元や、躾の行き届いた品のある所作なり動作なりを織りなす手指、
昼の間はまだ多少は蒸すせいで肘まで袖をまくってあらわになっている前腕など、
一体何があったやら、白い包帯が巻き付けられていて痛々しいものの、
平然としているせいでか、悲壮にも、ましてや粗忽にも見えず。
むしろ謎めきに拍車をかけての、視線がますますと奪われるだけな要素に過ぎぬ。
路肩に停めたボックスカーのボディに凭れ、
何かしら時折手振りを交えて話している姿がそれは人目を引いており。
クルクルと瞳がよく動いての闊達そうな語り振りが 知的で行動派と見えなくもないが、
時折 ふふと口許へ滲む笑みの妖麗さが、
その身の内に濃密な色香を潜ませていること感じさせ。
やや長身であることや、
外套に内衣とループタイというマニッシュなスーツ崩れの装いなのが、
胸乳の豊かさや脚線美の妖冶なこと、後追いで気づかせる罪深さよ。
そうまで目立つ存在であるが故、向かい合って打ち合わせ中の少女が
こんな一般道に立っているのは結構奇抜なメイドさんの衣装だってことも、
通りすがりの営業マンらには記憶にさえ残らぬだろうて。

 「そもそも、手配書は女子なのに
  本当は男ですっていうのは無理がありませんか?」

見た目 年端もゆかぬ少女ではあるが、
罪状があまりに残虐なために公開手配されているという順番の特例案件。
だってのに、いやいや実は青年なんですよというのは無理がないかと、
定番のゴスロリ系チュール&フリル付きのエプロンドレス仕様、
ヘッドドレス装着モードな 虎の子ちゃんこと敦嬢が訊いたものの、

 「なに、その辺は“襲撃犯”に証言してもらうから大丈夫。」

ヘッドドレスを固定するパール付きのピンに模したそれ、
通信用のインカムを直してやりつつ、
そりゃあ余裕の鷹揚さで応じてやる姉様で。
表情豊かなアーモンド形の双眸を、長い睫毛がけぶるよになるほど細めると、

「あの芥川とやら、四角い名前の通り 実は男らしいぞという話を
 少し前からその筋のたまり場で さりげなく ばら撒いといたから。」

微妙なことを胸張って言い切るから恐ろしい。
とはいえ、
探偵社員がそういう種のたまり場に出向いてどうしますかと
背条伸ばして叱る存在は、生憎と此処には居ないし、

 “居たとしても、
  情報操作に必要なそれだよなんて言われれば
  あっさり丸め込まれそうだものねvv”

誰とは言わないけどと敦ちゃんが苦笑する。
またぞろ“迷惑噴霧器”の異名を確固たるものにする気ならしい姉様だと、
個性豊かな先達らには腰が引けてばかりな新人さんも
探偵社のそういう機微にはさすがに通じて来たってところかと。(笑)
脱線はともかく、
公にはまだまだ都市伝説の域を出ないそれだが、
裏社会では既に “異能”は確たる火力として認められている。
マフィアには及ばぬ地回りレベルのギャングの中にも
端倪すべからざる級の異能者は数多いて、
名のある使い手の異能は呼称ごと広まってもいるのだとか。
よって、

「羅生門を繰り出せば、
 やはりそうだったのかぁって勝手に証人になってくれるって。」

昨日の打ち合わせで、
仕込みは上々♪と笑っていたうちの1つがそれだったということなのだろう。
探偵社はあくまでノータッチの仕儀。
それでも知己の窮地は見過ごせないと思うたか、それとも太宰に言いくるめられたか、
現場の状況を拾う役として参加予定な敦であり。

 「そろそろ行くよ。」

目立たぬようにと黒い髪のウィッグ装着、
それでも愛しい子だ見落としたりはすまい。
メイドに扮した敦ちゃんを
擦れ違ったそのまま しばし肩越しに見送った中也さんが、
変則師弟コンビが待機中のボックスカーまで歩みを進めると、
そんなお役目上ゆえ、芥川へとお声をかける。
彼女自身も紅葉からの伝聞指令とあって、
向かう場所と日時、その場へおいでの顔ぶれ以上の細かいところは
知らないし、調べてもない…ことになっており。
首領直々に足を運んでって会う相手なのだから、
それなりの格の会合なりお相手なのだろなという配慮以上は、
余計な忖度、詮索は不要とされかねぬ。
よって護衛任務以上の用意はないというお顔をしれっと保っておいでで、
いつもの長外套つき黒装束にも せいぜいナイフと小型拳銃しか仕込んではおるまい。

 「行ってらっしゃい。」
 「……。」

漆黒の外套はシンプルな仕様だが、それでも
まだ金木犀の香もしないほどの頃合いの
昼間ひなかにまとうものじゃあないと思わすほどには異彩を放っており。
まあ、そういう組織の存在なのだし、今日は“護衛”に出てくという設定。
車外へ出ると小さめの会釈と目礼とを寄越した青年へ、
わざわざ手を上げバイバイと、笑顔付きで振ってやった太宰嬢であり。
普段以上の身長差になっているのへ今気が付いた、
現 上司部下コンビを 角を曲がるまで見送って、

 “さて。”

さほど待たずに奇襲の幕は切って落とされるのだろう、
そんな物騒な空気なぞ微塵もない、清かなままの秋の空を車の窓越しに見上げ、
昨夜のちょっとした語らいを思い出す参謀長嬢だったりする。

 『…その、置いてかれたというのは、やはり手痛いことだったろうね。』

寝なさいと押し込んだ客間のドアが開いた気配に、ほぼ反射的に反応し、
自分でも驚きの電光石火で、寝室から飛び出して扉前まで向かってた。
時が来るまでは戻れないのだという状況も理解していようし、
本人も言ってたように、今更出てくはずなんてないのにね。
何より、自分が愛しいと思う方の子ではないというに、
それでもハッとし、この身がああまで動いていたのが、
それと判るほど吃驚していた相手以上に自分でも驚きで、
そんな姿を目撃されたのが相当に恥ずかしかった昨夜であり。

 寝ろと言っておいてなんだけど、と

そこは誤魔化しか、それとも開きなおりか、
リビングまで来たついで、寝酒に付き合えと
ラム酒をたらしたホットミルクを互いにと作り、
他愛のないことを2,3話した。
当事者ではないながらも同じことが起きていた同士ゆえ、
ちょっと辛かったろう “あの時”のことへも探りを入れると、

 『…。』

寝間着にと与えたパーカー姿も年相応に似合う風貌がやや冷めたそれとなり、
しばし、その視線を足元へ向けていた彼で。
太宰がそう仕向けたからではあれ、
世間も狭く、世界は師の背中越しにあるものだったのに。
その師匠が何も言い置かずに逐電したのだ、只事ではなかったに違いない。
今の今は その折の師がどんな心情だったかの断片も漏らされてのこと、
ただ放り出されたわけじゃあなかったと気づいちゃあいるものの。
それでも当時を振り返れば、相当に辛かったのだけは否めない、というところか。

 『自分が不出来だったばっかりに、
  とうとう愛想を尽かされたのだなと思いました。』

 『そうか、キミもまたそうと思ってしまったのだね。』

この子にも見受けられるように、
あの子がついつい畏まってしまうのはしょうがない。
そこのところは他でもない自分で重々判っている。
自分との関わり合いは上司と部下というところから始まったのだし、
まだまだ何かと粗削りな子だってことが判るにつけ、
悠長に甘い顔して育ててなんていられなかった当時であり。

 “それでなくとも、異例ずくめな昇進をし、
  しかも可愛げのない頭でっかちな悪ガキっていう
  敵だらけな最年少幹部の直属だったからね。”

あまりに異例だったことからの逆解釈、
勝手な勘違いから森さんの愛玩物という解釈だってされていたかも知れぬ。
そんな小生意気な存在への妬みや怨嗟が渦巻く中で、
直属の部下をそれは判りやすくいい子いい子と可愛がっていたらどうなっていたか。

 “嫌われ者の私への仕返しの側杖なんていう、
  しょうもない刃がいくらだって飛んで来ただろうよね。”

それへの対処に奔走させられるのも手間だったし、
庇えばますますと悪意ややっかみは膨らみもしただろうから、

 “なのでってのも勝手な話だが、
  一刻も早く強くなってもらわにゃあならなかった。”

そんな速成教育のさなかに、
首領殿がいかに最適解しか考えちゃあいない人外かを思い知らされた事態が起きて。
表面上は情に厚いような、理解あるよな弁舌たてながら、
それではお辛いでしょうと勝手に思い立つ、
愚直な取り巻きへ忖度誘うよな流れを巧妙に作って
自分は何も知らぬうち始末をつけさせる…なんて朝飯前の、
敬虔なまでに従順な人間の忠心さえ弄んで構わぬとする真の鬼。
鬼は鬼の心が判るというのなら、正しく自分もその眷属だったということか。
このオバさんやべぇと前々から思っちゃあいたが、
それが もしかせずとも養い子の自分へも
いやさ、自分への頸木のように その大事なものへさえ向くと判った以上、
鴎外氏を相手に、
大事な存在じゃあありませんと言わんばかりの大芝居を打つしかなくて。

 「……。」

この一件は話すつもりはない、だって言い訳にすぎないからね。
置いてったのは事実で、
それへと深く慟哭してくれたとそれとなく聞いているから、
そうかあんな手酷い師匠でも少しは慕っててくれたのだと、
ちょっぴり泣きたくなったっけ。

 「…それも含めて、
  手元に戻るはずがないってことがどうしても判らない森さんが悪い。」

聴く人のない呟きをこぼし、
標的がすべて揃おう瀟洒なホテルを、フロントガラス越し
細い顎をややもたげての、俯瞰ぽく見下ろすよにして眺めやった
こう見えて数日ほど前から静かに怒り心頭、
例えは微妙だが “フルカウル”状態の智将殿である。


  いや、ヒロアカも好きなもんで。(こらこら) 笑

to be continued.(18.09.26.〜)






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 *男女で差別とかするつもりはないのですが、
  女性サイドの太宰さんは、放埓に見せて結構繊細な人という意識で書いております。
  男性の太宰さんが
  一見ソフトで朗らか、軽妙で人当たりのいい、
  されど掴みどころがない人という印象なので、(…ひどい?)
  それをそのまま女性に持ってくると
  あからさまに“出来る人”になりかねないかもと思いまして。
  なので、やつがれちゃんを好き好きと
  中也さんにだけは盛大に漏らしてたという、
  いかにも女性というカリカチュアをついしちゃってたのもそんなせい。